【九州三国志】島津家:府内攻め-伍に出陣☆

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おはこんばんにちは!うたまるGTです(´-`*)

昨日は、【九州三国志】《府内攻め・伍》に行ってきました。

徒党構成は、

◆武士うたまる《武士道》

◆暗殺うたまる《暗殺忍者》

◆珍砲うたまる《鉄砲鍛冶》

◇坊主丸儲け ( 密教 )家臣

◇かぶきんぐ ( 能楽 )家臣

◇無珍げーる ( 医術 )家臣

◇暴力反対  (刀鍛冶)家臣

府内攻め-ふないぜめ-】

府内攻め(ふないぜめ)は、日本の戦国時代の天正14年12月13日(1586年12月13日)に 島津氏の侵攻により大友氏館などを含む府内の中心部が焼き払われる。
戸次川の大勝で勢いに乗った家久は、鏡城や小岳城を落として北上し、12月13日には大友家の府内城を落とした。
(wikipediaより引用)

前日に府内・四の《立花 道雪まで終わらせていたので、今回は直で《大友宗麟》に突撃☆


大友 宗麟-おおとも そうりん

大友 宗麟 /大友 義鎮 ( おおとも そうりん/ おおとも よししげ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名。キリシタン大名。大友氏21代当主。宗麟の法号で知られている。
海外貿易による経済力と優れた武将陣、巧みな外交により版図を拡げ、大内氏や毛利氏を初めとする土豪・守護大名などの勢力が錯綜する戦国時代の北九州東部を平定した。
当初は禅宗に帰依していたが後にキリスト教への関心を強め、ついに自ら洗礼を受けた。最盛期には九州六ヶ国を支配して版図を拡げた。しかし「キリシタン王国」建設間近で島津義久に敗れ、晩年には豊臣秀吉傘下の一大名に甘んじて豊後一国までに衰退した。
(wikipediaより引用)

倒し方が若干特殊で、1の生命を1/4ずつ削りお供を1人ずつ倒していくか、お供を蘇生不可状態にしていくのがセオリーとなっているそう。

1/4ずつ削っていく理由が、下記の技能を使ってくるため。

復活
1の現生命が~75%で2人目、~50%で3人目、~25%で4人目のお供が死ぬと入力。
現生命25%ごとに1名のお供を無準備で蘇生する。
生命回復量は蘇生・壱程度だが気合は80%まで回復。即死技能ではないが泥沼に陥るためこれを防ぐ必要がある。
再臨後は生命が100%になるため、ほとんどの場合は次の行動で復活を使う。
再臨:準備なし、自身を完全回復。(寄合所より引用)

1名では無く、蘇生可能な敵全員が生き返るってコメントがあるので正直よく分からん。

良アルゴを引いたのか、今となってはこんなもんなのかは分かりませんがサクッと終了。

お供無視で1ゴリ押しでもイケそうな感じ。

次は《龍造寺隆信》の居る【佐賀城攻め】ですねー。

話は変わって、新規っぽいプレイヤーが居たから話しかけようか迷ったけど、結局声掛けれなかった(´・_・`)

オラに勇気を分けてくれー(/・ω・)/

オフゲー卒業は厳しいな(‘_’)

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